ぼくの会社自慢

会社に入って、1ヶ月と半分ちょいが過ぎました。

みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

今回も、タラタラつらつらと思ってることを書き連ねるだけの記事になります。

独白に興味がないあなたはブラウザバック。

「あー自分の選択まちがってなかったー」と思うことが、非常に多い今日この頃です。

多分、これからもなんども思うことでしょう。

それくらい、良い会社を選んだなと思っています。

今は研修期間です。

ひたすら地味に勉強をするだけの日々ですし、プログラミング経験者のぼくからしたら(正直)退屈な内容も。

あんまり暇なので、思いつきで人事に「新人研修の問題点まとめて、改善プラン考えてみてもいいですか?」と聞いてみたところ。

あっさりとOKをいただきました。

それからは、研修中に覚えた違和感をいちいち書き留め、それらに対して「どうしたら無くなるのか」「なぜこの違和感を覚えたのか」を考える日々。

もちろん自分が受けている研修それ自体をおろそかにはできないので、きちんとコミットしました。同期に聞かれた質問には必ず答えられるようにしようと、予習したしその場でも都度調べたし。

我ながら、それなりにうまく2足のわらじを履きこなしてきたつもり。

でも途中。むくむくと、不安が首をもたげるのです。

「誰も求めていないことをやっているのでは」
「自分のしていることは余計なお世話なのでは」

ひとつの違和感を書き留めるたび、その改善案を考えるたび、

頭のすみで、ちっちゃな自分がボソリと言うのです。「なんでそんなことやってんの?」

「お前まだ研修生だよ? そんなうるさく言ってていいわけ?」「もっとやることあるんじゃないの?」「独りよがり」「偽善者」「潔癖」e.t.c.

思えば、昔の。

例えば高校のとき、所属していた文芸部の活動があまりに下火で、つまらなくて、悲しくて、どうにかしようと躍起になったあの時の、いやーな感覚に似ていました。

少しでも文章を上達させたくて、ものすごく詳細な校正を作って送りつけたり。

部員同士で校正できるようにしたいと思って、Dropboxなるサービスを探し出して導入したり。(当時クラウドストレージなんて全然知らなかった)

ぼくはあの時、「みんなでお互いの原稿を批評し合い、高め合い、より良い作品を作っていける、気持ちよくてちょっぴり大変な、でも楽しい環境」が欲しかっただけでした。

それはある意味、とても当たり前のこと。

でもそれは、”ぼくにとって”当たり前なだけで、部員にとってはそうではありませんでした。

急進的に色々な”改善”を行うぼくは、周りからの同意が得られないことに苛立ち、独りよがりに陥っていきます。

今思えば、やなやつだった。うん。

Twitterで、部員をさして暴言を吐きました。部員から、「そんなことを言う奴に付き合ってやる義理はない」と、三行半を突きつけられました。

徒労感に似た気だるさとともに襲う、”ナニカ”が崩れる感覚を、今でも覚えています。

鼓動は変に速く、手は少し震え、必死に冷静になろうとする頭の片隅に「なんでこんな当たり前のことを理解してもらえないんだろう」という、クソみたいな疑問が耳鳴りのようにリフレイン。

結局部員とわかり合うことはその後もなく、ぼくは

  • 事務的な部長業は続けること
  • でもそれ以外の部長としてやってきた改善はパッタリやめること
  • 自分の理想の部活にならないのなら、部誌に文章を書くつもりはないこと
  • だから、個人誌を作って勝手に配布するから、そちらも好きにしたら良いこと

という、とても投げやりな提案だけを残して、部活運営から手を引きました。

他にも、自分の当たり前と他人の当たり前の違いに打ちのめされる経験を何度もしました。

多くの場合、それらはぼくのコミュニケーション不足が原因でしたし、過去の経験についてとやかく言うつもりは全くありません。

ただそういう過去の経験が自分の中に蓄積した結果、今自分がやっていることが「独りよがり」ではないのかという不安が……

より正確に言えば、「自分がやっていることが『独りよがり』であることに、自分は気づけないのではないか」という不安が、強く強くありました。

何度も「こういうことやっていいですか?」と聞きましたし、人事からは「考えるひとがいないから助かるよ」なんて言ってもらいました。

でもそれは、いつだってそうなのです。

ぼくの考える”改善”は”当たり前”なので、最初はいつだって受け入れてもらえるのです。

でもそれが、徐々に過剰になり、疎まれ、だるがられるのです。

ちょっと暗くなりましたね、すみません。

ま、そんなわけでここ数日、戦々恐々としながら改善案を書き殴るという、なんだかよくわからない精神状態になっておりました。

「これを人事に言ったらどうなるんだろう…」なんて、考えてもしゃーない悩みのなかを無限ループ。

躁鬱を繰り返しながらなんとかまとめた提案を、昨日、人事にお話させていただきました。

長い長い前置きは、ここから先のため笑。さあ、始めよう自慢タイム。

昨日の会の結果を先に言うと、

「ちゃんとまとめてくれてありがとう」「継続的に改善を行っていこう」

というのが結論。

要するに、めっちゃ普通に「なるほどねー」って言われて、「だよねー」ってなって、「じゃ、この辺頑張って直そっかー」ってなりました。

神か

考えてみると、結構面倒くさい状況なんですよね。

だって研修生が、自分が受けてる研修について全体設計から文句言ってきてるわけですよ。うざくないですか? ぶっちゃけ。

文化とか今までの経緯とか、コンテキストをきちんと理解しきっていない奴の「あーだこーだ」ですし、正直「もうちょい自重しようか」くらいのことは言われるかもなーと考えていたわけです。

でも、そんなことはなかった。彼らはきちんと受け止めて、正面からのフィードバックをしてくれた。

それは、何よりも誠実な、優しい対応でした。

まあこれは、一社しかしらないぼくの、狭い狭い世界でのお話。

でも感動したし、自分にとても合う、良い環境を選べたなという実感が湧いた瞬間でもありました。

  • うまく会議をファシリできてないぼくに、さらっと助け舟出して提案会をスムースに動かしてくださる
  • かと言って拙さを提案それ自体に紐づけることはせず、提案は提案として意図を正確に理解し、受け止め、見解を述べてくださる
  • 会社側からの事情(コストとかリソースの問題とか)も混ぜつつ、最善の点を探っていこうとしてくださる
  • 「受けている君がそう感じるならそうなんでしょう」と、感覚それ自体の否定は絶対にしない

とかも、「あー素晴らしいなー」って感じたところ。

いい方にも悪い方にも「特別扱いしない」んですよね。

今回の件で言えば、「研修生だから」「入社歴浅いから」「社会人経験が浅いから」という言葉を投げられることは一度もありませんでした。

歴が浅くてわからない部分は補足してくださるし、別にそれでいいじゃんと平然としているのが彼らです。

他に、例えばぼくはそれなりに学歴は高い方ですが、それについて何かを言われたことは入社以来今まで一回もありません。

ぼくという人間の一個性として「ちょっと暗記が早い」とか「ちょっと物知り」くらいの扱いですし、学校名を見て「頭いいですね」って言われるのが大嫌いだったぼくからしたら、最高の環境です。

最近、22:30に寝る生活を続けてたら、たまにやたら早起きしちゃうことがあって。

つらつらと書いてみました。(3:00 – 5:30。めっちゃ時間かかったw)

ぼくは入った会社の文化にとても共感しているし、良い会社を選んだなと心から思っています。その感覚をログるためのこの記事。

でも一方で、「好き」と「最善」は違うし、価値観は変わるし、人が変われば組織が変わります。

だから、今ここが好きだからと言って、ここにずっと居続けると宣言したわけではないということも、同時に書き残しておきます。

あ、別に転職の心算があるとかいう話でもないですよ。でも、いつだって別の場所を選べるからこそ見えるもの、考えられること、できることってあると思うんです。

この記事を書いたことで、自分の中に「この会社が好きだ」という感覚だけが刻印されて、それが会社に自分を固着させる原因になったらやだなって。

常に第二・第三のオプションを持ちながら、それでも今、自分が選んだ場所にいたいなあって思います。

だいたい、まだ研修期間だし1ヶ月半しかたってないし社員の半分とも関わってない状態で、何が判断できるのかって話もね笑。

これから気持ちに変化が起きるかもしれないし、考え方がガラッと変わる瞬間とかもあるかもしれないので、逐一ログっていきたいな。

興味あったら、たまに覗いてやってください。あんまガツガツにやる気ないのであれですが笑。まあ月一くらいは更新されるんじゃない? 多分。

ではではっ!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする